カミーノ・デ・サンティアゴ ♯9

Posted on Abril 18th, 2012, by naranjita

2012-4-18

カミーノ5日目。

La Portela de Valcarce~Vega de Valcance~Ruitelan~Las Herrerias~O cebreiro~Linares~Hospital da Condesa(20.6km)

朝6時半に目が覚めました。誰もいないので気を遣わずに電気を点けることが出来ました。窓の外を確認すると、雨が降っているようだったので、いつも体の前に掛けていた貴重品のカバンもザックの中に入れました。雨の装備を整えて7時半ごろにアルベルゲを出発しました。

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出発して3kmほどでベガ・デ・バルカルセに到着しました。昨日、力尽きてたどり着けなかった村です。

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開いていたバルで朝食を食べました。食べながら通りを眺めていると、スクールバスが村の子供たちを迎えに来ていました。また、食べていると例の強そうなイタリア人女性とドイツ人女性もやって来て同じ店で朝食をとり始めました。

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チョコレートはカミーノ途中の糖分補給用です。

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腹ごしらえもしたので出発しました。

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着々と村々を歩きました。この辺りは雨も多い地域なので緑も豊かです。景色も昨日、一昨日までとはガラッと変わってきました。どちらかというと日本の景色に似たものを感じます。

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ラス・エレーリアスという村で3人の男性が「ブエン カミーノ」と抜かしていきました。この3人はソルジャーの様に大きくて強そうでした。

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ここから急な上り道になっていきました。雨の山道には慣れているので平気でした。

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ラ・ファバという村に到着しました。雨もきつくなってきたのと、寒かったのでバルでひと休憩しました。初めて見るイギリス人女性と、ドイツ人夫婦もバルで休憩していました。

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温かいコラカオを注文しました。店の女主人に天気について聞いてみると、これから先も雨は続くらしい・・・。

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体も温まったので先を急ぎました。

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天気がよければ、雲上の散歩道だったと思います。

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ところが、この村を期に山の様相が一変しました。

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目の前に広がる雪景色が怖い。

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ここでカスティージャ・イ・レオン州が終わり、ガリシア州へと足を踏み入れます。

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振り返ると誰も来ない・・・。人が見えないと不安になります。でも道に迷う心配はありません。

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なかなかの雪山です。

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正直、4月半ばのカミーノにこんな雪が待ってるとは想像していませんでした。なめていたのかなぁ。

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やっとオ・セブレイロの村に到着しました。村のBARには大勢の巡礼者がいました。皆も想像していなかった雪に驚き、寒さで震えていました。BARの中で結束力みたいなものも生まれていました。

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チョコラテ・カリエンテとビスコチョを食べました。温かくて美味しかったです。

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ウルグアイ人のリリと知り合いました。めちゃくちゃ元気です。この村に留まるか考えていましたが、私と一緒にオスピタル・デ・コンデサまで行くと言いました。

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ぞろぞろ出発。しかし、ここにあるアルベルゲで滞在した人も多かったようです。

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リリは元気で歩くのが早い。

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リリは国道を歩くのが好きなうだったので、「オスピタル・デ・コンデサで会おう」と私はカミーノの道を選びました。

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気付けば、雨ではなく雹に変わっていました。

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寒かったです。夏用の上下の服に、フリース。ゴアテックスの上下の装備では寒さ対策には不十分でした。

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たどり着いたオスピタル・デ・コンデサ。

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アルベルゲに入るとリリはいませんでした。どうやら先に進んだようです。私はここに泊まることにしました。

強そうなイタリア人女性とドイツ人女性、スペイン人男性とスペイン人女性がいました。スペイン人女性はmatabyteママに少し似ていてビックリしました。イタリア人女性がスープを作っていました。すると私にも少しくれました。優しい。

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まず冷え切った体を温めるためシャワーを浴びました。そして濡れてしまったものを干しました。靴も中までビショビショになっていました。

外は相当の吹雪になってきたようで風の音も凄かったです。イタリア人女性とドイツ人女性はアルベルゲの女の人に頼んでタクシーを呼んでもらい、トリアカステーラという村まで下りていくことにしました。後から知りましたが、この雪のためタクシーでオ・セブレイロ峠をとばした人は大勢いたようです。

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スペイン人男性と女性は、「今日はお腹が減っても外に食べに出ない。」と言っていました。寒さよりお腹が減っているほうがマシだそうです。私は食いしん坊なので、お腹が減っていると眠れません。靴を履くのは嫌でしたが、寒さより食事を選びました(笑)。2人に「バルで何か買ってこようか?」というと、「ありがとう。でも大丈夫だよ。」と言いました。

村に1件だけあるバル。めちゃくちゃ優しい女の人の手料理でした。

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ガリシア地方の有名な料理で、以前からずっと食べたいと思っていたカルドを食べました。温かい野菜の入ったスープで、冷えきった体に有難い料理でした。

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2皿目はトゥルーチャ(マス)のフライを選びました。量が多かったので残すと「頑張れ!」と言われたので全部食べました。

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デザートは選べるもの全てがケーキとかアロス・コン・レチェなどで重かったので、フルーツがないか聞いてみました。すると探してくれてミカンとリンゴを出してくれました。

明日の朝の朝食を買いバルを後にしました。アルベルゲに戻ると、スペイン人2人が暖房などをいれてくれないアルベルゲに不満をつのらせていました。私は山で温かいお湯の出るシャワーを浴びれただけで大満足でした。20時ごろにはぐっすり寝ました。

カミーノ・デ・サンティアゴ ♯8

Posted on Abril 17th, 2012, by naranjita

2012-4-17

カミーノ4日目。

Ponferrada~Columbrianos~Camponaraya~Cacabelos~Pieros~Villafranco del Bierzo~Pereje~Trabadelo~La Portela de Valcarce(38.1km)

ポンフェラーダのアルベルゲを7時すぎに出発しました。ポンフェラーダは大きい街なので街頭があり、暗くても心配ありません。出発の時、朴さん達と「またね。」と挨拶を交わしました。他のたくさんの巡礼者たちも見送ってくれたので元気が出ました。

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歩き始めてすぐ、ポンフェラーダ城壁の辺りから矢印が分かりにくくなり、先を歩いていたイタリア人女性も悩んでいました。私と同じ年くらいの女性ですが、かなり強そうでした。朝、散歩している老夫婦などがいたので聞きながら、探しながら町を抜けていきました。工事などで分かりにくくなっているところで不安そうにしていると、地元の人が合図を出してくれたりもしました。

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建物の間を通り抜けました。

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5kmほど歩くとコルンブリアノスという村に到着しました。

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カミーノを始めてから、朝食が最も大事になりました。お腹が減ったのでバルで食事をしました。下の写真のものだけでは足りず、さらにパンをもう一つ注文しました。よく食べますが、消費エネルギーが半端ありません。体質改善効果は現れており、お腹周りの脂肪もとれてすっきりしてきました(嬉)。食事をしていると、カフェの横を安ちゃんと李君が歩いていきました。

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さらに5kmほど進むとカンポナラジャに到着しました。間いくつかの小さな村もありました。

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カンポナラジャはなかなか大きい町でした。

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目指すビジャフランカ・デル・ビエルソへは直進です。

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工事でカミーノが移動。

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ここからブドウ畑が広がりました。やはり自然の中を歩くと気持ちがいいです。昨日の疲れで足が痛かったのですが、痛みを忘れてしまいました。

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ブドウ畑の丘の上にたどり着きました。

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後ろを振り返ると、手を振ってくれる人がいました。あまりにも親しげに手を振るので、知っている人かな?と思ったけれど、心当たりがありませんでした。これがスペイン人男性アンヘルとの出会いでした。そういえば、カミーノをしていると色んな国の人達と出会います。性別、年齢も様々です。登山をしていると知らない人でも自然と挨拶するのと同じで、カミーノでも挨拶を交わします。「オラ!」や「ブエン カミーノ!」と言います。でも、中には挨拶しない人っています。そういう人って、顔に出てました。国は違えど、人相には現れるものです(笑)。

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この時は先をいくアンヘル。

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カカベロスという町に到着しました。

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雨が多い地域に入ってきたので2階部分が突き出た家々が見られました。これはガリシア地方に近づいてきた証です。

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村にあった教会。アンヘルは入っていきました。私は外から写真を撮り、先を行きました。

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その後、橋のところで休憩していると、アンヘルがやってきました。「教会入らなかったの?後から来ると思ってたのに。見る価値があったのに。もったいない。」と言われました。私が、「え~っ。」と残念そうに後悔していると、「問題ないよ。他にも綺麗なところはたくさんあるから。」と言ってくれました。そして、私がスペイン語を話せることに気付いたようで、これでもかというくらい話してきました。

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ここからビジャフランカ・デ・ビエルソまでの約7km強の道のりをお供してもらいました。

休暇の時期にもよりますが、この時期はスペイン人はまだまだ少なく、英語が苦手なアンヘルは普段はおしゃべりなはずの口を閉じて静かに過ごしていたようです。スペイン語が話せて嬉しいと言ってくれて色々な話をして歩いていると、あっと言う間に時間が経ちました。話の中で、偶然にもmatabyteと同じパンプローナの出身だった上、matabyteの家の前の道を子供がジムへ通う際に使っているということが分かりました。世界は狭いです。アンヘルはクライマーで、奥さんと7歳と10歳の息子さんと一緒にアイスクライミングまでするらしいです。しかも息子さん2人共、水泳が得意らしく、特に弟の方は強化選手に選ばれているようでした。私のことも聞いてくるので、恥ずかしそうに「私は何の才能もないです・・・。」と答えると、「君はシンパティカじゃないか。それが一番大事なんだよ!!。」と言ってくれました。いい人(笑)。

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この辺りで朴さんが追いついてきました。安ちゃんと李君のことを聞かれたので、カフェの窓から先を行くのを見たと教えてあげました。

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あっという間にビジャフランカ・デル・ビエルソに到着。強そうなイタリア人女性もやってきたので、アンヘルとの写真をお願いしました。

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この町で私は昼食をとることにしました。アンヘルは自炊をしているらしく、パン屋さんを探しに行くというので、ここで別れることにしました。しかも後からセビリア出身のスペイン人男性もやってきたので、アンヘルは彼と一緒に行きました。ぞくぞくと巡礼者たちが到着していました。

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ビジャフランカ・デル・ビエルソの町は綺麗でした。川岸のバルで景色を楽しみながらボカリジョを食べました。久しぶりに炭酸が飲みたくなりファンタを飲みました。食べていると、ririさんの旦那さんのターザンから電話があり、激励を受けました。

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昼食をとった後、再び歩き始めました。ところが、アンヘルと話しながら歩いていると感じなかった足の痛みが急に激しくなりました。しかも、国道沿いの道が続き、アスファルトが足に響き辛くなりました。足取りが重く、何人かが抜かしていきました。

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やっとの思いで7km強歩くと、ペレヘという村がありました。もうこの辺りで宿泊しようかと思っていましたが、本当に小さい町で何にもありませんでした。すると1件のバルからビールをひっかけて気持ち良さそうに出てくるスペイン人男性2人がいました。アンヘル達でした。「一緒に行こう。」と言ってくれたので、元気が出できました。ところが歩き始めてすぐから雨が降り始めました。国道の上を横切っている高速道路の下で雨の準備をしました。私は準備が遅いのと、どうも2人の足取りについていく自信がなかったので、待ってくれようとするアンヘル達に先に行くように言いました。

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どうやら2人との距離は随分離れたようでした。ペレヘから5km弱でトラバデロという村に着きました。最初にあったアルベルゲが閉まっていたので、近くにあったバルに入りました。するとアンヘルと一緒にいたセビリア出身のスペイン人がまたビールを飲んでいました。上のほうは開いているよと教えてくれたので、ここでカフェをしたら行こうと思いました。カフェだけでは済まず、おいしそうなブラウニーに心を奪われ、食べてしまいました。

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カフェの主人はアルモドバル監督の映画に出てきそうなゲイの人みたいでした(笑)。話していると、もう少し行ったベガ・デ・バルカンセはレストランや店もあるということが分かりました。私は馬鹿です。もう少し頑張ろうかなと思ってしまいました。

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雨が強くなり、3.5kmほど歩いたラ・ポルテラ・デ・バルカンセという村に着いた時、限界を感じました。ところが小さな村でアルベルゲがありません。そこにmatabyteから電話がかかってきました。私の持っていたガイドブックには確かに1つアルベルゲがあると書いてあったので、matabyteにネットで探してもらったりもしました。キョロキョロしていると、巡礼者の男性が1人やってきたので尋ねると、「村の最初に良い感じのアルベルゲがあったよ。」と教えてくれました。

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レストランとオスタルとか一緒になったアルベルゲで見落としていました。中に入るとめちゃくちゃ美人の女性がいて、無言でこっちを見ました。どうやらここで泊まる人は少ないようで、バルに入ってきたと思ったようでした。泊まりたい旨を伝えると、部屋に案内してくれました。あまりに綺麗なのでクールに見えて怖かったけれど、どうやら良い人で安心しました。

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2段ベットが2つ置いてあり、トイレ、シャワー洗面所もそれぞれ分かれていました。どうやら、ここの宿泊者は私1人のようでした。疲れきった身体にプライベートのこの空間は本当に有難かったです。塗れたレインコートなども干したい放題だし(笑)。

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そして、夕食も食べずに20時には寝てしまったようです。だんだん寝る時間が早くなっている気がします。

カミーノ・デ・サンティアゴ ♯7

Posted on Abril 16th, 2012, by naranjita

2012-4-16

カミーノ3日目。

El Ganso~Rabanal del Camino~Foncebadon~Manjarin~El Acebo~Riego de Ambros~Molinaseca~Ponferrada(40km)

朝5時半に目が覚めました。ロシア人の女の子2人はぐっすり眠っているようでしたが、スウェーデン人2人は素早く準備を整えて6時過ぎにはヘッドライトで出発していきました。

さすがにヘッドライトは嫌だったので、ゆっくり準備を整え、朝食にも時間を掛けました。とはいっても、7時には全ての準備が整ってしまいました。朝食に置いてあったマドレーヌ3つをカバンに詰め、薄暗い外を覗いてみると、ヘッドライトは必要なさそうでした。空を見上げると星はありましたが、時間を潰すのももったいないと思い出発しました。

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村を出ると、すぐに自然の大地が広がります。すると、随分前方にですが、カミーノを横切る影が見えました。大きくて素早かったので、多分オオカミではないかと思いました。

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小心者の私は怖くなり、大きな声で歌いながら歩きました。わざと大きな音を出したりして。

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次の村ラバナル・デル・カミーノまでは7kmもの道のりでしたが、恐怖のあまり急いでいたのでしょう。1時間10分程で到着しました。道中、気が付けば明るくもなっていました。

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ラバナル・デル・カミーノに宿泊していた人は多かったのでしょう。ここからは多くの人に出会いました。昨日の静けさが嘘のようでした。

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ここからは、私の大好きな山道に入っていきます。

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天気は良いですが、標高が上がっているので寒いです。道に出来た水溜りが凍っていました。

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この2人はスペイン人の親子です。ラバナル・デ・カミーノからエル・アセーボという村までの約17km程、抜きつ抜かれつのデットヒートと繰り広げ、すっかり仲良くなってしまいました。私たち3人でどれだけの人を追い抜いたでしょう(笑)。

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峠を越える手前の最後の村フォンセバドンは、一旦廃村になりましたが、カミーノの巡礼者のためにアルベルゲやバルを作って再建されたそうです。その名残が感じられました。

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フォンセバドンの村を抜けるといよいよ峠越えです。

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雪が固まっていたのでツルツルと滑りました。2回ほどしりもちをついてしまいました(笑)。

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イラゴ峠に立てられている鉄の十字架に到着。

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自転車のスペイン人男性2人組みに写真をお願いしました。日本人へのお決まり。カメラを褒められました(笑)。

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イラゴ峠を越えると下りに入ります。

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マンハリンという村に到着します。村といっても、こここそ廃村で、温水も出なくて電灯もないアルベルゲが一つだけあるだけです。

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ここからもう一度上りになりました。山越えとなると自転車の方が大変そうです。

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もう一度峠を越えると、眼下にポンフェラーダの町並みが見えてきました。ここまで来ると山を越えたと言えます。後は下るだけ。

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天気も良かったので下りの山道は最高です。景色を楽しみながら極楽気分で歩きました。

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エル・アセーボという村に着きました。

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この村の最初にあるバルは大盛況でした。お昼時だったこともあり、多くの巡礼者で賑わっていました。

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すると、朴さんに再会しました。昨日は、例のデンマーク人のいびきで眠れず、早朝4時ごろにオスビタル・デ・オルビゴを出発し、イラゴ峠の手前の村フォンセバドンまでたどり着いていたらしいです。一緒にいるのは韓国人の安ちゃんと李君。この3人とはカミーノで一番仲良くなった人達です。安ちゃんは25歳、李君は私と同じ年でした。2人共、会社を辞めて1人でカミーノにやって来たらしいです。安ちゃんと李君は一緒に歩くことも多いらしく、よく新婚さんに間違えられるそうです(笑)。こういった深い話は、今後頻繁に再会する中で分かっていくのですが。

ところで日本人には全く会いませんでしたが、韓国人には大勢出会いました。この日も、この3人の他に、韓国人カップル一組と大きなカメラを持った韓国人のおじさんに出会い、今後も大勢の韓国人と知り合いました。韓国ではカミーノ・デ・サンティアゴは有名らしいです。

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アルベルゲでとってきたマドレーヌをイラゴ峠でひとつ食べただけだったのでお腹が減っていました。ボカリジョ・デ・ロモ・コン・ケソとカフェ・コン・レチェ、スモ・デ・ナランハ・ナチュラルを食べました。

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カフェには例のスペイン人親子も昼食をとっていました。朴さんたちと英語が続かなくなり、彼らが韓国語で話をし始めたので、私もスペイン語で話すほうが快適なのでスペイン人達と会話していました。スペイン人達はモリナセカまで歩くらしいですが、私や朴さんたちはその先のポンフェラーダまで行く予定でした。すると、「日本人や韓国人は強い。歩きすぎだ。」と言われました。確かにアジア人はよく歩く気がします。フィジカルよりメンタルが強いのだと思います。

ゆっくり休憩したので、「ポンフェラーダで会おうね。」と言って、朴さんたちよりも一足先に出発しました。

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気持ちが良い下りです。途中の村、リエゴ・デ・アンブロス。崩れかけた家に特徴がある村だったようですが、近年屋根などを新調するなど、以前の趣が薄れつつあるようです。確かに補強工事をしている家々をたくさん見かけました。

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村を抜けると再度、山道へ。

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モリナセカの村は目の前です。

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気が付けば、8.5kmの道のりを1時間半ほどで歩いていました。そういえば、この日、色んな人に「歩き方が綺麗だね。」と言われました。伊達に登山が趣味ではないようです(笑)。

モリナセカの町はとても綺麗でした。バルなども充実しているようで、ここで宿泊するのも悪くないと思いました。

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しかし、ポンフェラーダまで頑張ることにしました。ここから8kmの距離です。まさか地獄の道のりになるとは思わずに・・・。

村を出るとすぐにアスファルトの道が延々続きました。ゆるやかな上りでした。

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アルファルトの道を越えるとポンフェラーダの町が近くに見えるので気持ちが高ぶりました。

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しかし、ここからが長かったです。

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カンポという村を抜けました。

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もう右手にポンフェラーダの町があるのに、川を挟んで並行に歩き続けます。この日、歩きすぎたせいでしょうか。昨日捻挫した左足首が痛み出し、どうやら足の指にまめもできたようでした。歩幅が狭くなり、1歩歩くのが苦しかったです。

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やっとの思いでポンフェラーダの入り口に到着しました。側にあったベンチでクタクタになって座っていると、町の女の子に笑われました・・・。

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最後の力を振り絞ってマスカロン橋を渡りました。

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やっとの思いで到着したアルベルゲ。

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庭が広かったです。

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このアルベルゲではアメリカ人の男性と女性が手伝っています。スペイン人以外の外国人は英語が通じるので嬉しそうでした。とても大きなアルベルゲで大勢の巡礼者たちが泊まっていました。

とりあえずシャワーを浴び、洗濯をしました。疲れすぎて動作が遅かったです。洗濯していると朴さんもやってきました。安ちゃん、李君も無事に到着したらしく、今晩中華料理を食べに行くとのこと。「アストルガの中華料理の約束を果たせなかったので一緒に行かない?」と私も誘ってくれました。

その前に、足のまめの治療をしなければなりませんでした。スペインの薬局で買えばいいやという安易な考えで絆創膏を持っていなかったのですが、疲れていて買いに行く元気がありませんでした。すると、朴さんが絆創膏を持ってきてくれて治療してくれました。本当に親切です。

食事の時間まで2時間ほどあったのでゆっくり休みました。

そして中華料理の店へ向かいました。久しぶりの中華は美味しかったです。写真は一枚しか撮っていませんが、テーブルに載りきらないほど食べました。

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安ちゃんと李君の英語は、私とレベルが同じくらいなので親しみが持てました。でも、なかなか通じ合えませんが。朴さんは仕事がら英語が流暢な上、中国語も少し話せました。朴さんはビジネスクラスでスペインまで来ているらしく、お金持ちということが発覚しました(笑)。安ちゃんと李君と私はプアーだねと笑っていました。

ところで韓国人は辛いものが好きとは知っていたけれど、「チリ!チリ!」と唐辛子をバンバンかけて食べるから凄いです。味見させてもらったけれど火を噴くほど辛かったです。また、朴さんと安ちゃんはお酒に強い。中華料理の後、バルでワインをひっかけようというので、疲れていた私は水だけ買って先にアルベルゲに戻りました。

この日の歩行距離は40km。しかも山越えでした。どうやら気絶するように眠りにつきました(笑)。

カミーノ・デ・サンティアゴ ♯6

Posted on Abril 15th, 2012, by naranjita

2012-4-15

カミーノ2日目。

Hospital de Orbigo~Santibanez de Valdeiglesias~San Justo de la Vega~Astorga~Murias de Rechivaldo~Sta.Catalina de Somoza~El Ganso(30.2km)

眠れたのかよく分からなかったけれど、6時に目が覚めました。周りに気を遣って電気が点けられなかったけれど、どうやら同室の朴さんはすでに出発しているようでした。デンマーク人男性は良く眠っていました。結局7時半ごろまでベットでウダウダしてしまいました。

準備を整えてアルベルゲのキッチンで朝食をとりました。フランス人の家族も隣で一緒に朝食をとっていました。残念ながら娘さんは40歳くらいだったけれど、英語が分からないので挨拶したけれど反応がありませんでした。お母さんは英語とスペイン語を少しずつ話せたので話していると、トゥールーズの出身でホームステイで日本人を受け入れたりしているらしく、とても親日家だったので嬉しくなりました。そういえばこの家族、昨日の夕食もキッチンで本格的に料理していたから凄いなと思いました。これからもカミーノを続けていく中で、スペイン人、フランス人、イタリア人、中南米人は外食せずに調理していることが多かったです。ちなみに私は一度も料理しませんでした(笑)。

出発しようとすると、アルベルゲのおじいちゃんが色々話しかけてきたので一しきりおしゃべりをしました。どうやら何故スペイン語が話せるのか気になっていたらしい。そこにフランス人男性ジジ(?)も現れ、挨拶を交わしました。この時はジジ(?)とまた再会するなんて思っていなかったなぁ。そして、いよいよ本当に出発しようとすると、デンマーク人男性が「一緒に行こうか。」といった感じで待っていました。断る理由もないので、一緒に歩くことにしました。

出発してすぐに2つの道に分かれました。国道に平行して進む道か自然の中を歩く道か。距離は少しかかりますが、後者を選びました。

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5km程歩くとすぐにサンティバネェス デ バルデイグレシアスに到着しました。ここでカフェ好きのデンマーク人はBarに入ろうとしたので、すでに朝食を済ませていた私は、「先に行くね。」と告げました。

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ここから私の1人カミーノが始まりました。デンマーク人女性が言っていた「1人は楽しいよ。」という意味が身に沁みて理解できました。自然の中を1人で歩く気持ち良さ。リュックにぶらさげたコンチャ(貝殻)の音が心地よい。自然と足取りが軽く、どんどん人を抜かしていき、気付いたら前後に誰一人いない状況にまでなっていました。

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そういえば、この道は8km程村も何にもないので、この木陰で自然のトイレをしている人が何人かいました。女の人まで(笑)。

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分かれ道。黄色い矢印がなくて一瞬焦ったけれど、石を積んで矢印が作られていました。

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誰もいないので心配になったけれど、地元の人の車を発見。それにしてもこの道、糞が至るところに落ちていました。何の動物のものだろう。

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何にもない大地をひたすら歩いて2時間以上。前方にアストルガの街が見える丘までやってきました。

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アストルガで食事をしようと思っていましたが、トイレに行きたくなり、3kmほど手前のサン・フスト・デ・ラ・ベガでお茶をしました。

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この店を出る際、3段ほどあった階段でこけて、左足首をひねりました。この捻挫が、後々ひびくことになります・・・。ちなみに今もまだ少し痛い。

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アストルガの町は近そうで遠かったです。

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線路。馬鹿正直にぐるぐるの高架橋を渡っていましたが、国道沿い側の道から来たイタリア人のお兄ちゃんが高架橋を使わずに渡ったので羨ましかったです(笑)。そういえば、このお兄ちゃん、男前でチャラそうなんですが、この数日後に美人のイギリス人お姉ちゃんと良い仲になっていました。というのは巡礼者たちのウワサで、間接的に聞きました(笑)。

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こちらの線路はまたがせてもらいました。

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街に入るとすぐに心臓破りの坂が現れました。

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日曜日だったこともあり、中心部は賑わっていました。子供のマラソン大会が開催されていました。

本当はこの辺りで食事をしたかったけれど、黄色い矢印でさえ見つけるのが困難な人だかりだったので食事をする機会を逃しました。また、昨晩、朴さんがアストルガのカミーノの途中に中華料理の店があると言っていました。もし、昼間時間が合えば一緒に食べようと言ってくれていましたが、朴さんは早朝に出て行った上、この状況で店を見つけることは出来そうにありませんでした。

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とりあえず中心街を抜け、ガウディの設計した司教館まで来ました。以前、お母さんとお姉ちゃんとレオンを基点にバスでこの司教館を見に来たことがあったので中に入るのは止めました。ここのチケット売り場で日本人のツアー客と会いました。「お金いるの?」と聞かれたので、チケット売り場の人に尋ねて教えてあげました。久しぶりの日本語に嬉しくなりましたが、このスペイン旅行でririさんとK子ちゃん以外の日本人に会うのは、後にも先にもここだけでした。

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司教館を後にし、カミーノを続けるとお腹がの減りが気になりました。ところが、レストランがなさそう。このまま街を抜けてしまえば、当分食事にありつけない。でも元来た道を戻る気にもなれない。

目の前に地元の老人夫婦がいたので食事出来るところを尋ねると、すぐ近くのレストランを教えてくれました。早速行きましたが、まだ準備中で開いていませんでした。キョロキョロしていると、フランス人のジジ(?)と再会。「カミーノはこっちだよ。」と教えてくれました。しかし、私の目的は食べることだったので、「レストランを探しているの。」と別れました。目を凝らすとBARの看板が見えたので、カミーノから50m程反れますが藁にもすがる思いで店に入りました。ところが、食べるものはボカリジョしかありませんでした。「お腹がすいていてメニューを食べたいのでごめんなさい。」と言って店を後にしようとしました。すると、店のカマレラ(ウエイトレス)と常連客の人が、カミーノ沿いにあるメニューの食べられる美味しい店を考え始めてくれました。しかも、反れた道も戻らなくて良い方法で。親切な二人に感謝です。

教えてくれたレストランはアストルガの町の最後にあるレストランでした。

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朴さんに中華の話をされたのでお米が食べたい衝動にかられていました。1皿目にパエリアを選ぶことができたのでラッキーでした。手作りのパエリアは本当に美味しかったです。

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2皿目は、この地域の郷土料理と教えてくれたチチャというものを選びました。豚肉の料理で少しだけピリ辛で美味しかったです。

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デザートはマンダリーナ(みかん)を選びましたが、お腹がいっぱいで食べられなかったので、置いたままにしていると、「カミーノに持っていきなさい。」とくれました。

ここの女主人はとても感じの良い人で心地よかったです。去年、日本人の男の子からもらったという5円玉にピンクの紐がついたものを見せてくれました。震災の津波で住んでいた町がなくなった1・2ヶ月後くらいに来たらしいです。カミーノには色んな人の色んな思いが詰まっているんだろうなと感じました。

アストルガの街を出てから、本当に誰もいなくなった。

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4.6kmほどでムリアス・デ・レチバルトという村に到着しました。といっても、村の終わりがすでに見えているほど小さい。

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この後、左右何にもない大地を1人で歩き続けました。この地球上に自分しか存在していないのかと思ってしまうほど。

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後ろを振り返っても、誰もいない。

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サンタ・カタリナ・デ・ソモサにたどり着いたときはホッとしました。

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もう1つ先の村まで頑張ることにしました。ここからも誰にも会わなかったなぁ。

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matabyteから毎日、スペイン時刻で16時ごろに電話がありました。この日はこの辺りで電話がかかってきました。、疲れもピークにきていて、気が紛れるので有難かったです。

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前方に村が見えてきました。また、明日越える山も近づいてきました。

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エル・ガンソという村。この日はここに留まることにしました。

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アルベルゲに到着すると、スウェーデン人男性1人だけしかいませんでした。とても感じの良い人でした。この村に1つしかないBARが日曜日のため閉まっていたらしく、夕食がないので困っていました。このアルベルゲの経営者のおじいさんとその息子さんは2人共英語が話せないので伝えてあげると、10€でサラダ、スパニッシュオムレツ、スパゲティ、デザートを作ってくれることになりました。と、ここまで交渉は頑張ったけれど、最後、スウェーデン人にその旨を伝えるのに手こずりました(笑)。ちなみに私は、昼食を食べ過ぎていたため、軽く食べたい程度でした。そこで、宿泊費に含まれていた朝食を夜にもつまんでいいか確認して、それを食べました。

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とても小さいアルベルゲでベットが8つ、シャワーが1つしかありませんでした。

シャワーを浴びてくつろいでいると、もう1人スウェーデン人男性がやってきました。その後、さらに時間が経って、自転車でカミーノをしているロシア人の女の子2人もやってきました。

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少人数の宿は心地良かったです。

この日は、疲れていたのか、とてもぐっすり眠ることができました。

カミーノ・デ・サンティアゴ ♯5

Posted on Abril 14th, 2012, by naranjita

2012-4-14

カミーノ1日目。

leon~Trobajo del Camino~La Virgen del Camino~San Miguel del Camino~Villadangos del Paramo~San Martin del Camino~Hospital de Orbigo(34km)

朝6時に起床し、トイレが混む前に準備をしました。ここのアルベルゲには7時に朝食が付いていましたが、カフェ・コン・レチェだけいただき、昨日インマにもらっていたブニュエロスを食べました。ブニュエロスというのは、パンの中にチョリソがはいっているもので、ママの従兄弟のトリニーのパン屋さんのもので最高に美味しいです。

朝の7時半にアルベルゲを出発しました。各自、自分のペースで出発していくようで、初日の私はタイミングがつかめずに不安のまま出発しました。

まだ外は薄暗かったですが、カミーノの道しるべである黄色い矢印は簡単に見つけられました。昨日レオンの街を歩いていたときは気にも留めていなかったのに、本当に分かりやすく頻繁に目印があるので何の心配もありませんでした。ここから終着点まで300km強の道のり全てにこの目印があり、一度も困ることなくたどり着くことが出来るから驚きです。

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目印は、色んなタイプのものがあります。基本は黄色い矢印ですが、下のもの以外にもたくさんありました。

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レオンのカテドラル前で、先に歩いていたデンマーク人男性に声を掛けられました。「一人なら、一緒に歩こう。」と言われ、初日で不安もあったので一緒に歩くことにしました。

レオンのパラドール前にあった疲れ果てた巡礼者の像の前で写真を撮ってもらった。今思えば、初日だから出来たこと(笑)。

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レオンから4.6km先のトロバホ・デル・カミーノの町までは市街地が途切れずに続きます。

途中線路沿いにあった細い建物。

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1つ目の街のトロバホ・デル・カミーノのバルで朝食をとると言うデンマーク人男性。(ちなみに私は名前を覚えるのが不得意・・・。皆、すぐに私の名前を覚えてくれて、再会したときなどにも後ろかも前からも大声で私の名前を呼んでくれるのに、私はというと、全行程で8人くらいしか名前を覚えられなかった・・・。しかも最後の方では、年齢の近い人達は、顔まで分からなくなり、勘違いして会話していることもしばしばありました・・・。)

レオンのアルベルゲには、たまたま朝食がついていましたが、通常はついていないようで、BARで朝食をとる人も多いようです。BARに入ると大勢の巡礼者たちがいました。英語が苦手な私ですが、スペイン人達も英語が苦手で話せません。BARではスペイン語の話せる私の方が羨ましがられて、たびたび巡礼者達に通訳をしていました。といっても、スペイン語の意味は分かっても英語に上手く置き換えられず、結局、自分だけが得な思いをすることが多かったですが・・・(恥)。

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私はカフェ・コルタードとビタミン補給のために絞りたてオレンジジュースを頼みました。そういえば、注文後、「席に持っていくから座って待っていて。」と言われ、私は座って待ちましたが、他の巡礼者たちは分からずに長い間、立って待っていました。私は皆に教えてあげようと努力しましたが、通じず・・・。英語が必要に駆られてまだ一日目だったしね。ここから、少しはマシになったんですよ。本当に・・・。

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この日、韓国人女性3人とルーマニア人女性1人のグループと知り合いました。途中まで抜きつ抜かれつで歩いていました。高低差も少ない道で、高速道路や国道を横手に見ながら歩きました。

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スタートから15km程歩き、サン・ミゲル・デル・カミーノの村を過ぎた辺りに休憩できそうなところがあったので、小休憩をとりました。私はインマにもらったロスキージャというお菓子を食べてエネルギー補給をしました。

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その後、ビジャダンゴス・デル・パラモまでの約8kmは、何にもない真っ直ぐな道をひたすら歩きました。前方に村が見えてからも、なかなか近づかないので少し疲れてしまいました。

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13時過ぎに、ビジャダンゴス・デル・パラモの入口にバルを見つけたので昼食を食べました。あまりお腹がすいていなかったので、ミックスサラダを注文すると、デンマーク人も同じものを頼みました。こちらのオリーブオイルと白ワインビネガーと塩で食べるサラダが大好きです。

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ここから4kmほどでサン・マルティン・デル・カミーノに到着しました。時刻は14時半頃で、村の始めに良さそうなアルベルゲがあったので、ここで宿泊するか迷いました。私は初日ということもあり、まだまだ余力があったので、トイレを借りて進むことにしました。するとデンマーク人も疲れていはいたものの、一緒に進むと言いました。

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ここから次の村までは7km程あり、少しずつ疲れてきました。正直、このデンマーク人との会話にも疲れてきていました。ごめんなさいっ。とても良い人なんですが、日本でいうオヤジギャグっぽいものが多くて、しかも英語だから反応がワンパターンになることに気を遣ってしまって・・・。そういえば、この辺りから、前後に人を見なかったなぁ。

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目的のオスピタル・デ・オルビゴの村には16時過ぎに到着しました。川の長さよりも長い橋が架かっているのが特徴で、とても小さい村ですが、カミーノで通過した村の中ではまぁまぁ大きいほうです。基本的に、村の入り口にはアルベルゲやレストラン、病院などがあるかどうかの情報が書いてある看板が設置されています。

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この村のアルベルゲに宿泊することにしました。中庭や裏庭のあるアルベルゲでした。ここのおじいおちゃんの孫たちでしょうか。たくさんのスペイン人の子供たちが遊んでいました。また、経営者の一人に韓国人女性もいました。

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部屋はいくつかに分かれていて、一緒に来たデンマーク人と韓国人男性と一緒の部屋でした。その後も続々と巡礼者たちが到着し、かなりの人数がこのアルベルゲで宿泊しました。そう、ここで韓国人男性と知り合い、これから先、何度も再会し、とても仲良くなりました。

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日が長いので、シャワーを浴びた後洗濯をし、庭に干そうと試みました。風が強かったので、洗濯ばさみが必要でした。アルベルゲのおじいちゃんにお願いをして貸してもらいました。スペイン語が出来て得する瞬間(笑)。しかも、おじいちゃんと仲良しになりました。ただ、巡礼者が到着すると、ベットを割り当てる際、2段ベットの上に荷物を置いている人がいてどのベットが空いているか分からないという話をおじいちゃんを含むアルベルゲの経営者三人で会話していた時、おじいちゃんが側にいた私に向かって、「君もだよ。」とたしなめましたが・・・。はい、その通りです。上の写真でも分かるように、思いっきり荷物を広げております・・・。

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お腹がすいたので、韓国人女性に教えてもらったBARに行きましたが、ボカリージョ以外の食事は19時からだったので、小さなお店で明日の朝食とカミーノで食べるチョコレートを買って一旦アルベルゲに戻りました。

19時を待って、一番乗りでBARに向かいました。1皿目ソパ・デ・ペスカド、2皿目ランチャ・デ・ピミエント・イ・パタタス、デザートにナティージャを注文し、赤ワインも楽しんでいました。すると後から、例のデンマーク人と2人のイギリス人女性2人がやって来て、一緒のテーブルにつきました。一人で楽しんでいた上、またまた苦手な英語を駆使しなければならないので、心中「別のテーブルに行って。」と願っていました・・・(最低)。先に食べていたので、皆が2皿目を食べ始める頃に食事が終わったので、「疲れたので、帰って寝るね。」と言って先に席を立ちました。

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アルベルゲに帰り、日記を書いていると、同室の韓国人男性が話しかけてきました。また、ネットの使い方が分からず困っていたドイツ生まれのフランス人男性とも知り合いました。この二人とは今後、歩くペースも似ていて何度も再会し、仲良くなりました。フランス人男性のジジ(?と私の耳には聞こえた)は、カミーノで出会った人の中で大好きな人の2人の内の1人です。

韓国人男性は朴さんと言い、40代で子供も2人いるのですが、同年代に見えるくらい若く見えます。後から間接的に分かるのですが、どうやら金持ちらしいです(笑)。夕食をまだ食べていないらしく、「もし良かったら、一緒に食事に付き合ってくれない?」と頼むので、断れない性分の私は一緒に先ほど行ったBARに戻りました。するとサッカーの中継をしていて地元民も増えていました。また、巡礼者たちも何人か増えていました。先程、一緒だったデンマーク人男性とイギリス人女性2人は「寝に帰ったんじゃないの?」と意味深にニヤニヤ言って来るので面倒でした。てか、こういう人達って何処でもいるよなぁ・・・。朴さんの食事中、私はお酒を勧められましたが、すでに酔っていたのでカフェでお付き合いをしました。すると、隣にレオンのアルベルゲで隣だったスペイン語の話せるデンマーク人女性が声を掛けてきました。アジア人2人が英語で会話しているので不思議に思っていたらしい。彼女は素敵な人で、ブルゴスから1人でカミーノを歩いています。自分のペースで歩けるし、1人は楽しいと話してくれていました。この日は初日で分かりませんでしたが、次の日から彼女の言葉が身にしみて分かりました。そう、彼女に「初日から34kmも歩いたら駄目じゃないっ。」ともたしなめられましたが、これから毎日もっと歩くんです・・・。

アルベルゲに再度戻って寝たのは21時ごろでした。ところで朴さんは、食事に付き合ったときに私が飲んだカフェ代を私の知らない内に払っていてくれました。さすがです(笑)。夜はデンマーク人のいびきで、あまり眠れませんでした。朴さんはいびきにウンザリして、朝方早くにヘッドライトで出発したようです。(後で再会して聞くのですが。)

カミーノの初日。すでに馴染んでしまったようです。とても楽しいカミーノになりそうな予感に気持ちが高ぶりました。

カミーノ・デ・サンティアゴ ♯4

Posted on Abril 13th, 2012, by naranjita

2012-4-13

この日は8時に起床しました。ホテルに隣接しているカフェで朝食をとりました。ホテルのお兄さんのお父さんが経営しているようで、やはり親切でした。

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ホテルを出発するとき、私の格好を見てお兄さんはカミーノを歩くと思ったらしく、「今日は雨が降るから気を付けてね。」と言ってくれた。今日はレオンまで電車で移動し、明日からカミーノを歩くと告げると、「駅までタクシーを手配しようか?」と。バスで行くことを告げると、バスの行き方を番号や、時刻までネットで調べて教えてくれた。バス停までの行き方も事細かに説明してくれて、本当に最後まで良い印象のホテルでした。

バス停に着くと、たくさんのバス停があって何処か全く分からなかった。でもブルゴスの人達は本当に親切で、色んな人が教えてくれた。最後にたどり着いた乗り場では、おばあさんとその娘さんが親切で、バスが来るまで世間話をして待った。

駅には早めに到着したので、ついついチョコラテ・コン・チュロスを頬張ってしまった。こっちのチョコラテは濃厚で本当に美味しい。

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5分少々遅れてやってきた電車に乗り込みました。2時間ほどでレオンに到着するのですが、車窓からの眺めが本当に何にもない大地だったので、「もしここを歩いたら遮るものがないのでしんどいだろうなぁ。」と思いました。

駅に到着すると、ホームにmatabyteパパとインマとサラが待っていました。パラズエロ・デ・ラス・クエバスの田舎からパンプローナに帰る途中、私と待ち合わせしてくれたのでした。パパはママがいない寂しさと熱が少しあったのが心配だけど、何とか変わりなさそうで安心した。matabyteからパパへのプレゼントのビデオカメラを渡すとパパは大喜びで早速カメラを出して撮影していた(笑)。私はmanuに渡すはずだったものをパパに預けさせてもらった。

続いて、明日からカミーノを歩くのでアドベルゲ(巡礼宿)を探した。アルベルゲでクレデンシャル(巡礼手帳)を取得し、荷物を置いた。荷物を置いている間、おしゃべり好きのパパは、アルベルゲの修道女たちとずっと話し込んでいた。

初めてのアルベルゲ。ここのアドベルゲは大部屋に2段ベットが敷き詰められていました。部屋に入るとプンッと鼻に付く匂いがしました。フランスのサン・ジャン・ピエ・ド・ポーやスペインの出発地ロンセスバージェスから歩いている人はもう折り返し地点を過ぎてるんだもんなぁ。

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15時過ぎになり、お腹がすいたのでパパ達と修道女に教えてもらった店で食事をしました。ここの郷土料理ファバーダとバカラオ(タラ)を9€で食べました。食事中ずっと、パパはmatabyte妹と喧嘩したらしく、その話をしていました。(毎度のこのなんだけどね(笑))

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食事の後、パパ達と別れた。別れの挨拶がいつもより長かったのでジーンときた。

その後、レオンの街を歩いた。ここには思い出がいっぱい詰まっていました。自分のお母さんとお姉ちゃんと一緒に旅したスペイン旅行でお母さんが一番気に入っていた街だったからです。

カテドラルのステンドグラス。お母さんと来た時は晴天で凄く綺麗だったけど、この日はあいにくの天気でいまいちでした・・・。日が暮れて、カテドラルを眺めながらお茶をしたカフェテリア。泊まったホテル。ガウディの建物。その前のベンチでふざけて撮った写真。1時間のガイド付きで回ったサン・イシドロ教会など。忘れていた細かな事がどんどんよみがえってきて、涙が出そうになるのを堪えるのに必死だった。

すると、お母さんと気に入った下着屋さんのことを思い出した。記憶をたどって1時間ほど探し回ったけれど、店がなくなったのかとうとう探し出すことが出来ませんでした。

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散策してアルベルゲに戻ると、巡礼者たちの人数が増えていて、さらに悪臭がひどくなっていました。みんな疲れた様子で、まだ歩き始めていない私は場違いな気がしました。スペイン語を話せる人が少なく、英語の苦手な私は、明日から英語との戦いになるなと少し不安になりましたが、隣りのベットのデンマーク人女性はスペイン語が話せたので嬉しかったです。また、イギリス人女性が四国88ヶ所のてぬぐいを持っていたので聞くと、すれ違った白装束のアメリカ人にもらったとのこと。まさかこの数日後、そのアメリカ人に出会うことになるとは、この時は思ってもいなかったけれど。

兎にも角にも、明日からはカミーノを歩き始める。道しるべがあり、迷わずに歩くことが出来るのかなど不安なこともあるけれど、頑張ることを心に決めて早くに就寝しました。